浜松市史 ニ
第七章 文化の興隆
第一節 寺院と神社
庶民の神々
抜けまいり
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お蔭まいりにともなって、若い男女が親にかくれ、奉公人が主人に無断で群集にまじって参宮をする
抜けまいり
も行なわれた。享保十五年(一七三〇)女中たちの
抜けまいり
が多いので、
都田村
では
気賀関所
の命により、見張人を街道に沿う村の山へ毎日出したが、「左候得共ぬけ参り」が絶えなかったという。