浜松市史 ニ
第六章 藩政の動揺と民衆の動向
第七節 慶応年間の藩政改革
農兵隊の結成
出席督励
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農兵訓練は翌慶応三年もつづけられた。
有玉
組合村々では四月九日から十三日までの五日間、農兵教授方の出張によって、訓練が行なわれ、
飯島新三郎
や
伏谷又左衛門
らがみまわった(『
高林家日記
』)。
農民たちは、この農兵訓練に抵抗したのであろう、病気と称して休む者が多く、予定された人数が揃わないため、十分な訓練効果をあげられない状態であった。藩は農兵重立掛を通じて農兵の出席を督励し、九月十五日には藩の重役が監察にまわる、と警告している(『
高林家日記
』)。