浜松市史 ニ
第五章 交通・産業経済の発展と町や村の生活
第二節 交通の発達
浜松を中心とする街道
参勤交代
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この東海道の交通を頻繁にしたものに、まず大名の参勤交代がある。つぎに
茶壺道中
があり、また
朝鮮人賀使
・
琉球人使節
・
和蘭人参礼
もあった。それらについて説明しよう。
参勤交代は、はじめは任意であったが、慶長十四年(一六〇九)から強制的となり、同二十年の武家法度により確立し、寛永十二年(一六三五)には参勤の時期も定まり、漸次整備されてきた。中でも諸侯の往来は東海道が全体の六〇%を占めたので、宿場町はとくに雑沓をきわめて殷賑になったのである。