寺領に続いては、神社領について述べなければならないが、この章の記述はおおむね保元・平治のころまでを限って扱っており、厳密にそのたてまえを貫くと、後述する二、三の
御厨を除いてはほとんどその史料がない。そこで平治よりも少し年代を下げていくと、まず永暦のころ(一一六〇)、後白河上皇の御願により、熊野社を模して京都に建てられた新熊野社に寄進された多くの諸国
荘園の中に、遠江国
羽鳥庄の名がみえる。これは市の東端、
笠井の東にいまも
羽鳥の地名を存するところで、
服織神社がある地にほかならない。

松尾神社(京都市)